ありのままが紙に残る、日記に残る
9月26日(土)、石蔵ブックカフェ開催しました。まだまだ暑いですが、朝晩は過ごしやすくなってきたこの頃です。立秋を過ぎているので本来は「秋晴れ」ですが、依然として「猛暑」が続く中での開催でした。
今回は、いつもやっている「○○好きが集う会」の代わりに、「かごどく」の読書会が10:30からありました。満席の申し込みがあっての開催です。「かごどく」は人気で、枠が空くとすぐに埋まってしまう状況だそうです。
【参考】かごどく 鹿児島の読書会(LINEオープンチャット)

私(南薩の田舎暮らし 窪)も読書会に少なからず興味があるので少しは聞きたかったのですが、午前中、意外なことにお客様が多かったので内容は全く聞いていません(残念!)。ちなみに、今回の読書会はそれぞれ持ち寄った本を紹介するタイプの読書会でした。

今回の特集は「映画パンフレット」でした。懐かしの名画…というよりは、ちょっとマニアックだったり大ヒット大作じゃなかったりする映画のパンフが多かったような気がします。パラパラ見ていて思ったのは、「昔の映画パンフは情報量が豊富!」ということです。私も長いこと映画パンフを買っていませんが(映画館自体に行っていないです)、最近はどうなっているんでしょうね。そもそも作られているのでしょうか。
昔はWikipediaもないので、制作陣を確認することもこうしたパンフがないとできませんでしたよね。しかし今ではWikipediaで十分! ということではなくて、やはり主催者自らが情報をまとめているということが重要だと思いますし、そもそも情報量が桁違いです。また制作の経緯なども書いてあったりして、資料的価値が高いと思いました。Wikipediaなんていつなくなるかわからないですから、こうして紙で残っていることが重要ですよね。

ところで、パンフを見ていて「すっかり失われたなあ」と思ったのが↓こういう書き文字です。『愛と喝采の日々』。こういう味のある文字を目にしたいものです。ちなみに、この作品の原題は「The Turning Point」。今だったらそのまま「ターニング・ポイント」が邦題になりそう。『愛と喝采の日々』という邦題がいいかどうかはともかく、こういう邦題のセンスもなくなりましたねー。

そういえば、1998年の映画で『プライベート・ライアン』という映画がありましたが、この頃から邦題がよくなくなったのかもなあ。「プライベート・ライアン」って何だろうって思いませんでした? これの原題は「Saving Private Ryan」で、Privateとは「私的」とかではなく、ここでは「一等兵」という意味です。なのでこのタイトルは「ライアン一等兵の救出」というような意味。『プライベート・ライアン』では意味がわからんだろ、と思います。

今回はテレビの取材もありました。といっても、石蔵ブックカフェの取材ではなく、会場となっている丁子屋のおばあちゃん(吉峯睦子さん(100歳!))の取材です。睦子さんは若い頃からずっと日記を書いており、その日記を紐解きつつ戦争体験を語ってもらう、という主旨の番組(夕方の情報番組の中のコーナー)だそうです。睦子さんはかねがね「私がもし男だったら絶対に特攻兵に志願していたに違いないくらい、軍国少女だった」と言っているのですが、その”軍国少女”が戦争の惨禍を体験してどう思ったのか、というようなことが番組の軸だということでした。
それでなぜ石蔵ブックカフェが撮影場所になったかというと、睦子さんが若い人に戦争体験を語っている様子を撮影したいということで、私、ブックスパーチ諏訪田さん、石蔵ブックカフェ准スタッフの川田さんの3人が聞き役になりました。聞くこと自体はフムフムと聞いていればいいので楽なのですが、辟易(へきえき)したのはその後のディレクターからのインタビュー!

「睦子さんの話を聞いてどう思いましたか?」なら簡単なのに、「睦子さんの話を聞いて、教育の在り方について今後どうあるべきだと思いますか?」など、「教育」の「今後」についてのコメントを執拗に求めてくるのです。要するに、睦子さんが軍国少女になったのは当時の「教育」のせいだということで(それは間違いなくそうなのですが)、「教育のおそろしさ」とか「教育の在り方」について我々に答えさせようとするのです。しかし、睦子さんの話は(当然ですが)空襲の恐ろしさやその後の悲惨な体験についてであって、当時の自分がいかに軍国主義的だったかということについてはほとんど語っていません。だから話を聞いて素直にコメントすれば「教育」というキーワードは出てきません。なので我々があまり「教育」と関係ないコメントをすると、誘導尋問のように「教育」について話を寄せてきて、かといって「私は教育の在り方はこういうのがいいと思う」みたいに言うと「それって睦子さんの話を聞いての感想じゃないですよね」などとボツにします。本当に警察の取り調べみたいにしつこくて、3人ともすっかり疲れ果て、結局は根負けして番組の意に沿ったようなコメントをしてしまいました。
それで取材後、3人して語り合ったのが、「最初から番組の構成・結論を決めて、それに沿ったコメントしか採用しない、というような報道の在り方そのものが、大本営発表に沿った報道だった当時のNHKと何も変わっていない」ということです。テレビ側が決めたシナリオではなく、現場のありのままを伝える報道をすべきです。「オールドメディア」への不信はまさにそこにあると思いますが、テレビ人が全くそれを自覚していないのは悲しいことですね。
そして、報道がこういう調子だからこそ、個人の立場で紙に残しておくのは重要だなと改めて思いました。睦子さんも日記を残していることで、自分が軍国少女だったことが美化せずに残っているわけですし。

ともかく、この取材対応にすっかり疲れてしまったのですが、そんな中でも素晴らしい出会いがありました。仕事を辞めて沖縄から九州・西日本へ自作ZINEを売る旅に出たばかりの女性が来て下さったのです。彼女のnoteにも石蔵ブックカフェが出てきますのでよかったらお読みください。
【参考】noteの記事
本土上陸/鹿児島市内散策/南さつま/蔵のブックカフェ|伊藤七日|本を売る車中泊旅
そもそもこの方は北海道生まれで沖縄に移住されたそうですが(それだけですごい!)、仕事ばかりの生活に「なんか違うんじゃないか」ということで今回のZINEを売る旅に出るまでのことを「前夜 of きいろいおうち浮遊記」というフリーペーパーにまとめています。読んでみると、ぐいぐい引き込まれました。35歳という年齢でそれなりの安定を捨て、自分の心に素直に生きるために、周囲からは破滅的としか見えないような先の見えない旅に出る——。私もそういう生き方をしてきた一人なので応援したいと思いました。彼女の旅が実り多いものであることを願わずにはいられません。
↓ちなみに彼女のZINEはこちらでも売っているようなので、よかったら。ちなみに私はリンク先にある3冊のうち、『沖縄移住記 果報をさがして』を買いました。

ところで次回の「○○好きが集う会」について、スタッフでどういうテーマにしようかと話し合っていたところ、「彼女との日々をエモい日記に残している若者がいる(肯定的な意味)」という話が出たことからピンと来て「日記好きが集う会」にすることにしました。
先ほどの女性もnoteに日記として記事を書いているようでしたし、睦子さんの取材も日記が大きな役割を果たしています。日記を書くことは、日々を記録するだけでなく、自らを省みて生きる指針を与えたり、深い内省に導かれたりもします。日記を書いている皆さん、同志と語り合ってみませんか?
**日記好きが集う会**
10月24日(土)10:30〜12:00@丁子屋石蔵(石蔵ブックカフェ内)
↓申し込みはこちら(3名以上の申し込みで開催決定)【要申込】
https://forms.gle/WRGG6FUAA7xfRzSf8 ←イベント趣旨等もこのフォームに書いています。
※今回はあくまで自分が日記を書くのが好きということで(もちろんnoteなどの電子的なものも可)、『蜻蛉日記』とかの日記文学好きは除外します。
そして実は、来月の石蔵ブックカフェは9周年の記念の回になります。9年も続いてきたとは自分でもびっくりです。が、特に記念のイベントはせず、この数年間恒例になっている「
石蔵ブックカフェ通信」を当日来た方に配布します。A4一枚裏表を二つ折りして作る簡単なエッセイ集です。ここでしかゲットできないのでぜひ来て下さいね。
最後に告知! 丁子屋さんでは、11月1日(日)に上薗綾奈(かみぞの・あやな)さんのソロ・ヴァイオリン・コンサートがあります。今回で3回目です。第1・2回は私自身参加しましたが素晴らしい内容で感動しました。今回も行く予定です。チケットは丁子屋さんにありますのでぜひどうぞ!

次回は10月24日(土)10:00〜19:00。また石蔵でお会いしましょう。
【今日の一冊】
森 元斎『国道3号』
ヒュー・コータッツィ著・中須賀哲朗訳『ある英人医師の幕末維新』





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